『日本の医療の不都合な真実』 読んでみた


夕張市で医療を経験した森田先生が書かれた本、『日本の医療の不都合な真実』を読んでみた。

森田先生は現在鹿児島県で在宅医療をされていて、経営状態をネットに公開しているお医者さん。
経営状態をネット公開する医師を僕は知らなかったし、今後もこういう医師は少ないと思う。

なぜ僕がこの先生に興味を持ったかというと
それはこれまで書いてきたことだが17年務めた急性期医療に嫌気がさして今年の8月で仕事をやめてしまったことと大きく関係している。

急性期病院は文字通り急患が運ばれてくる病院だから24時間365日誰かが医療を提供し続けている。もちろん持ち回りではあるけれど土日祝日も働くし、急変すれば『主治医』としての呼び出しもあるしで月に完全にオフなんて数日あればいい方だ。

そんな働き方の中で疑問をもって働いていた。給料は一般的には高給取りと思われるが休暇がほとんどとれないほど働く。年々疲弊していく。自分の持ち味は教育だと思っているが今のご時世教育を求めてくる医師がどれほどいるか。勉強したいです!と言っても行動変容を伴わない研修医がわんさかいて、岸田政権じゃないけど『やってる感満載』だったりする。いろいろと疲弊して辞めてしまった。

ゆっくり診療できたらいいのにな。コントロールできない誰かと働くより、自分と患者さん、自分と患者さん家族との時間をもっと取れないかな。開業しても食うに困るではなぁ、、転職で求人を見ていくと、なかなかそういう働き口がないもので。

そんなときに森田先生に出会った。いろいろと著書を出されていて森田先生に興味津々。なので今回この本を読んでみた。
2020年に書かれたこの本は新型コロナにおける日本の医療の在り方ってヤバいよねということが書かれている。

・病床数が世界一で新型コロナ患者は欧米の1/100しかいないのに医療崩壊が起きるってどうなってんの?
・医師が忙しいのは医師不足だから?
・病床数が多い県の医療費が高いのはなぜ?病床数の少ない県より病気になりやすいわけないのに。
・生老病死。医療で立ち向かえるのは病。老化も死も抗えない。日本は過剰な医療をしてない?
などなど実際に急性期病院で働いていると直面する疑問がもれなく書かれている。そして現場の医師なら誰しもが抱えている『社会のみなさん、もっと医療を知ってほしい』という想いに応えるようなことが数多く書かれている。

医師として急性期医療に携わっていれば当然感じる疑問や葛藤が事実ベースで書かれた本だが
おそらくは医療従事者でもなければほとんど知られていない事柄ばかりなんじゃないかと思う。それもそのはずで日本ではほとんどの出産は病院で、ほとんどの死亡も病院で看取られる。この事実は社会から生と死が病院に押し込まれているということ。地続きのはずの生と死を社会に住む人間が実感できない構造だ。

そしてこの国は多様性と言いつつ分断が進んでいていわゆる認知症患者、精神患者、障害者は専門の病院に押し込まれている。社会に健常者とともに生きていないためにそうした病気や障害をもつ人々との暮らしに想像力が働かない。公共交通機関で赤ちゃんが泣けば怒り出す乗客がいてすぐに社会問題になるしSNSでたたき合いが起きるし。普通学級に障害者のひとが普通に過ごすことも諸外国に比べればまあ少ない。

病院で過剰に患者さんが過ごすことを推し進めることで過剰な医療が発生することもよく理解できるように書かれている。地方のある県では関東の人口の多い県に比べて病床数が2倍近くもあって人口当たりの医療費が地方のある県の方が多い。これは病床数を埋める方向に働いてなければ説明がつかない。なぜなら地方のある県と関東の県で病気になる確率が大差ないはずだから。

このことは実際に現場で働いているとよく聞く話だ。総合病院に勤務していたとき、市民病院系の病院ですら病床稼働率が〇%だから入院促進をしましょう的なメールが院内メールで流れてくるほどだ。僕が働いていた県は森田先生の本の中では医療費が少ない県であったのにもかかわらずやっぱり過剰な医療、経営を主眼においた医療が展開されていた。つまり日本全国が過剰医療の中にあるということだ。

これを改善するには主治医機能を果たすべくプライマリケア医が必要だと書かれていた。
僕もこれには大賛成。採血異常がでれば何が何でも総合病院に紹介状を書く今の医療体制は急性期総合病院が異常な忙しさになってしまう。そもそも町医者がなぜその検査を行い、その結果どんな病気が考えられ、どのように精査し、どんな病気が見つかる可能性があって、その予後はどんなものか、これらを全く予想もせずに検査している時点で開業医としての機能を果たせていないように思う。

外国では開業医になるべくプライマリケア医になるべくトレーニングを受けなければ開業できない国があるという。開業医の質を担保しているからこそ町の開業医にかかりつけ医になってもらうように登録するのであって、医師の質が担保されてなければ安心は得られない。

では日本は?というと、開業に向けてきちんとトレーニングを自ら行っている人ももちろんいるが義務化されていない。義務化されていないけれど開業で食っていけると言うことは現代の日本の医療はやっぱり闇深い。一人の医師が患者を抱えすぎて莫大な利益を上げている気がしている。そしてかかりつけているけれど何か急病になっても抱えている患者数が多すぎて大きな病院に送るような気がしている。であれば抱えた患者さんすべてを診きるくらいの数で抑えればよいのにそうはしない。ココが首をかしげたくなる僕の最大のポイントだ。どこからどこまで責任を持つべきか開業医自身がきちんと考えるべきだと思っている。

患者さんを抱えすぎず、責任をしっかり負えるくらいの身の丈に合った医療を展開したい。
この本は医療を担う人にも、医療を受ける人にも読んでほしい。
その上でこういう医療がいいよね、っていう共通理解の上で社会が医療を作っていけたら。